父さんもかつて経験した同じ『パッタリ期』。

かつて自称ギター弾き、私には充分立派なギタリストだった父が、あれほど好きでもはや自分の一部みたいなものだったであろうギターをパッタリやりたくなくなるときが来たことに思いを馳せている。父さんはあれほどの力量がありながら、それまでの情熱は何だったんだというぐらいに、その『パッタリ期』は定期的に訪れていたらしい。
私も趣味をやっていてもそういう時期が定期的にあるから父さんの気持ちが分かる。もっとも、父さんは誰に強いられてじゃなくて娘の私が知る限りでもきっと好きこそものの上手なれで人に教えてお金をいただくプロにまでなったような人だ。上には上がいて上になればなるほど初心者期とは別の悩みもついてくるのは分かる。
この『パッタリ期』が来ると、ハタから見ればどんなに凄い凄いと羨ましがられようが何だろうが、まず自分のそれまでの技量や上達からの充実ぶりも一気に失せる笑。それは父さんも同じで、ギターでこれができた、あれが弾けた、っていうスキルがあっても「ふーん」とか「だから何だってんだよ?」「それがどうしたってんだよ?だからどれだけ偉いって言うんだよ」と、取るに足らないことのようにしか感じられない、心が鈍くなった時期っていうのかな、そういう時期があったとのことだった。で、その結果、当然ちっとも面白くもなんともないからやりたくなくなると笑。
「そういうときはいっとき、ギターから離れてやるといいんだよ。そうするとまたしばらくしてやりたくなる時期が来るから笑」。おだやかな笑みを浮かべて、父さんがそう言っていたのを覚えている。
燃え尽き症候群とはまたちょっと違うんだと思うけど、誰の目から見てもあんなにギターがうまくて、ギター教室を開いての講師の布石張りも兼ねたボランティア講師をかつてやってたときからクラスの最後に生徒さんの前で一曲演奏するときにはすべての生徒さんがハッとするように明らかにその演奏中の父に一目も二目も置いていて敬意みたいなものを抱いています、の空気感があって、父さんが演奏を終えると生徒さんからは唸り声と拍手喝采だった、そんな父さんでもやりたくなくなったり情熱が失せる、そんな時期があるんだなーと思った。
ギターレベルは素人の娘の目からしても、家でもコンサートホールでもクラスのサロン内でもどこでも、父さんが演奏をするときは確かにギターと一体化していたのが分かった。音に仕えるように奏でる父さんが身も心もすべてを音楽とギターにゆだねるそのとき、父さんはギターを愛する輝きに充ちた自由で幸せなギタリストになるのだ。美歯口 効果